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​織師の手しごと

おりしのてしごと
伝統工芸士 遠藤 龍二

西暦1241年・鎌倉時代、承天寺開山の聖一国師と若い博多商人・満田弥三右衛門が宋へ渡り、 織物の技法を習得、帰国して独自の意匠を施したのが博多織のはじまりといわれています。

さらにその250年後、弥三右衛門の子孫・彦三郎が再び明へと渡り、織物の技法を研究。
帰国後は工法の改良を重ね、「琥珀織」のように厚い生地に、浮線紋や柳条などの模様の浮きでた織物を作り出しました。

 

そしてその織物が作られたこの土地、博多の地名から「覇家台織(はかたおり)」と名づけられたと伝えられています。
江戸時代、筑前藩主・黒田長政(1603-1623年)が、幕府への献上品として博多織を献上したことより、 博多の地名とともに『献上博多』として広く知られるようになりました。

現代、博多織は、国が指定した福岡の「伝統的工芸品」です。

(​HAKATA JAPAN HPから抜粋)

美しさとは続けてきた姿勢に宿るもの。

 

 

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